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作成日時:2023.03.23
更新日時:2023.03.23

レジェンドの生き様は“小さなシューズ”に宿る。45歳まで現役を続けた金山友紀という男に託されたもの|俺たちの全日本

PHOTO BY髙橋学

俺たちの全日本|特集

レジェンドの生き様はシューズに宿る

レジェンドの最後は、意外とスッキリしたものだった。

「おつかれ!」

そんな軽い感じで彼は取材エリアに現れ、最後の瞬間を迎えていた。

試合に敗れた現役ラストマッチを終えたばかりだ。当然、胸に秘めた想いはあるだろう。最後にチームを頂点へと導きたかったに違いない。ただそれ以上に、キャリアをまっとうした充実感があったようにも思う。20年以上、第一線で走り続けたわけだから。

一足のシューズを見てほしい。その男の生き様が、集約されている。

「ずっと履いていたシューズだよ」

そう言って手渡してくれた右足のそれは、まだ新しさが残っていた。思わず、「そんな大事なものをもらえないです」と言うと、「いやだってさ、この前の取材の時に言っていたから」と、そう言うのである。

たしかに、引退を前にして対面インタビューの機会をもらった際に、同席した先輩ライターに「CASCAVEL」のプレミア級のロンTを渡していた様子を見て「いいなぁ」とは言った。ただ、それだけだった。

「試合が終わったら、シューズを渡すよ」

そんなことを言っていたような気がする。当然、真に受けてはいなかった。

ペスカドーラ町田が全日本フットサル選手権準々決勝で敗退し、敗れ去った数日後、レジェンドの功績を労うために、古いライターや編集仲間を含めたメディア陣による「金山友紀を囲む会」が開かれた。

「まだ実感がないよ。終わったのは数日前だからね」

そんな会話をしながら始まった会は、かつて、アジア選手権を戦っていた当時の日本代表の映像や、さらに遡って、今はもう面影すら残っていない「駒沢屋内」で行われていた「カスカヴェウvsファイルフォックス」の試合映像なんかを見ながら、大いに盛り上がっていた。

「これ、ゴール決まるよ」

そんな言葉を発した次の瞬間、ネットが揺れた。キレッキレの甲斐修侍の左足から繰り出されたパスを、ゴール前の金山友紀が左足のヒールでコースを変えて流し込んでいた。

往年のレジェンドのコンビネーションは、20年以上経ってもなお、僕らに鮮烈なインパクトを与える。鳥肌が立った。あの頃も、つい数カ月前に見た今シーズンの初ゴールも、まったく変わらなかった。

https://abema.tv/video/episode/38-376_s540_p18

見てほしい。まさにこれだ。もちろん、出し手は甲斐修侍ではなく、クレパウジ・ヴィニシウスになったが、左利きのパサーから送られたボールを、ゴール前に入り込んで左足ヒールで流し込んだ、そのままの光景だった。

金山友紀を囲む会で見た映像は、2002年のもの。この映像は2023年のもの。21年の歳月を経て、まるで色褪せないプレーを続けていた彼には、もはや言葉も出ない。45歳になったレジェンドが決めた今シーズン初ゴールは、出場時間も限られ、セットプレーのわずかワンプレーのために登場したその数秒で仕事をした1点だ。

金山友紀は、最後まで金山友紀だった。

思いがけず手渡された「ATHLETA」のシューズの左足を見て、僕はまた鳥肌が立った。

アウトサイドの一部が擦り切れ、穴が空き、ボロボロになっていたのだ。右足のそれは新品のようなのに、逆足は穴だらけのそれを見て、もはや金山友紀とはこれだと、再認識するしかなかった。

代名詞は「ファー詰め」。キャリアで重ねた349試合・164ゴールのうち、何点がその“穴”の賜物だろう。味方のシュートパスにスライディングで詰めるその所作は、目をつぶっていても思い出せるほど鮮明だ。

もちろん、ゴール数の何倍もの数を彼は、滑ってきた。味方のパスが届くことを信じて、そこに走り込み、滑り込み、届かなければすぐさま立ち上がって自陣に全速力で戻っていく。そうやって“穴”は広がっていった。

中学時代に培った、野球仕込みだからだろう。幼少期からサッカーをしていた選手のそれとは異なり、左足を折りたたみ、地面に擦り付けながら右足を伸ばすスライディングの動作は、もはや“金山スタイル”だ。そうやって何度も何度も滑り込むから、彼の左足のシューズはいつもアウトサイドだけに穴が空き、擦り切れていったに違いない。

僕に渡してくれたこの一足はきっと、今シーズンの何試合かをピッチで過ごしたものだろう。練習で使っていたものかはわからない。ただこの一足を見れば、金山友紀という選手を、これ以上ないほどに知ることができる。

「ファー詰め職人」という表現が正しいかはわからないが、甲斐修侍監督の前にチームを指揮したルイス・ベルナット監督は、しきりに「ユウキの動きを見ろ!」と若手に伝えていた。オフェンスであれば、それこそ出し手となるフィクソやアラの選手、あるいは受け手となるピヴォの選手に伝える場合もある。デイフェンスであれば、そうやって裏のスペースを突いて来る相手をケアしないといけないフィクソに対して、これ以上の“教材”はない。

金山は、自らが走り続けることで、次の世代の選手に“生き様”を見せ続けてきた。

甲斐修侍がプレーした44歳という年齢を超えてピッチに立った男は、2023年3月17日、全日本フットサル選手権準々決勝で、キャリアに幕を閉じた。自身がこの業界に深く入り込むきっかけとなった大会で、駒沢という場所で、最後のピッチに立ち、“まだやれるんじゃないか”と思わせるパフォーマンスを示しながら、終わりを告げた。

Fリーグが開幕する何年も前から第一線で走り続け、日本代表としてアジアの頂点に立ち、新しいクラブとなった「ペスカドーラ町田」で日本一のタイトルを獲得し、みんなに見届けられながら、ユニフォームを脱ぐ。

「金山さん、冗談でもこれは履けません」

そう言うと、彼はこう答えた。

「いや、履いてよ。24.5cmだけど」

いやいや、金山さん、履けないっす。プレーで魅せられる男。背中で語れる男。その“足”で、生き様を見せられる男。小さな足で、日本フットサル史に偉大すぎる功績を刻んだ男の名を、僕らは永久に語り継いでいく。

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