更新日時:2024.03.23
最後に過ごした幸せなアディショナルタイム|横浜・田村佳翔 #人生に刻むラストゲーム
PHOTO BY高橋学
今から約1年前。ボアルース長野に所属していた田村佳翔は、2022-2023シーズン限りでの現役引退を決めていた。しかし、地元・神奈川に戻ることが決まり、第二の人生の準備を始めようかという矢先に届いた、1本のオファー。それは、フットサルの神様が田村に用意した、幸せなアディショナルタイムの知らせだった。
取材・文=福田悠
旧友経由で届いた、思いもよらぬ獲得オファー
「終わっちゃいましたね!今日が最後になって寂しいですけど、町田が強かった!YSもめっちゃおもしろいフットサルをしてたと思うし、みんなで一つになって戦えたので、この結果を受け入れたいと思います」
全日本フットサル選手権大会ベスト8敗退直後の取材エリアに、田村は晴れやかな表情で現れた。本音を言えば、決勝戦まで勝ち進み、1日でも長くフットサル選手でいたかったという思いもあるだろう。しかし、その悔しさを遥かに上回る充実感に満ちた表情が、そこにはあった。それもそのはず、Y.S.C.C.横浜で過ごした現役最後の1年は、フットサル選手・田村佳翔にとって、元々は存在しないはずの時間だったのだ。
2023年2月、駒沢体育館で行われたFリーグディビジョン1・2入替戦。田村が所属していたF112位ボアルース長野は、F2王者・しながわシティに連敗を喫し、無念の降格が決まった。その第1戦の前日、筆者は長野の選手たちが宿泊していた六本木のホテルのロビーで、田村に話を聞いていた。
「残留しても降格しても、今シーズン限りで引退する予定です」
その表情を見れば、それが大袈裟に言ったセリフでないことは明らかだった。田村は確かに、2022-2023シーズン限りでの現役引退をほぼ決めていた。
長野で過ごした3年は、田村にとっても、またチームにとっても苦しい3年間だった。長野はF1に昇格後、毎シーズン最下位に低迷。2021-2022シーズンは入替戦での奇跡の残留劇が注目を集めたが、田村が在籍した3年間のリーグ戦で勝利できたのはわずか8試合。ベテランの一人だった田村も何とかチームを浮上させようと奮闘したが、思い描いた結果を残すことはできなかった。苦しみのなかで得たものももちろんあったが、一方で限界も近づいていた。年齢、環境、仕事も含めた諸々の状況を総合的に判断し、田村は地元・神奈川に戻ることを決断した。
2月下旬、田村は長野の選手として戦う最後の全日本選手権に向け、トレーニングを続けていた。そんなある日、フウガドールすみだ時代にともにプレーしたゴレイロ・矢澤大夢から連絡が入った。
「鳥丸(太作)監督が獲得に興味を持っているので、選手権が始まる前の週の月・火の2日間でYSの練習に来れないか」
苦楽をともにした旧友経由で届いた、思いもよらぬオファー。一度は引退を決めていた田村だったが、唯一獲得に興味を示したクラブが地元・神奈川の、それも生まれ育った川崎市のすぐ隣の横浜のクラブだったことから、にわかに現役続行の可能性が出てきた。仕事やその他諸々の調整も奇跡的に見通しが立ち、熟考の末、長野に事前承諾を得た上でY.S.C.C.横浜の練習に参加。プレーを見た鳥丸監督から、改めて獲得の意志を伝えられた。かくして、2023年3月で幕を下ろすはずだった田村のキャリアに、1年の追加公演が決まったのだった。
チームのスパイスとなり、流れを変えるキーマンに
迎えた2023-2024シーズン、田村は新天地で素晴らしい輝きを放った。まず目を見張ったのが、ピッチ外も含めた新チームへの順応の早さだった。加入1年目とは思えないほどチームに溶け込み、気づけば押しも押されもせぬムードメーカーに。第2節の試合後、田村本人も「すでに若い奴らからクソほどイジられてる。いや、お前ら早くないか」と訴えたが、そんなキャラクターもチームの雰囲気作りに一役買った。
そして肝心のプレーの方でも、田村は確かな存在感を示していく。開幕戦の対ペスカドーラ町田戦で早速メンバー入りを果たすと、チーム最多5本のシュートを放ち、試合終盤には挨拶代わりの移籍後初ゴール。翌第2節の対湘南ベルマーレ戦でも2試合連続となるゴールを決めるなど、チームの開幕ダッシュに大きく貢献した。
長野時代はフィクソとしてチームの舵取りを担うことも多かったが、横浜では久々にアタッカーとして躍動。本来の思い切りの良さを取り戻した。鳥丸監督は、そんな田村のプレーを次のように評価した。
「選手の能力を表す円グラフがあったとしたら、決して綺麗な丸ではないんですよ(笑)。でも一方で、チームにスパイスを加えてくれる、RPGゲームで言えば補助魔法のような、試合の流れを変えてくれる選手でしたね。膠着状態を動かせたり、ワンプレーで会場の空気を変えられる力があった。それってある種の才能で、誰にでもできる仕事じゃないと思うし、彼が入って流れが変わった試合がいくつもありました。どのセット、どのメンバーともすぐにアジャストできましたし、そういったパーソナリティも含めて、うちのチームに来てくれたことを本当に感謝しています」(鳥丸太作監督)
田村佳翔という男は、不思議な神通力を持った選手だった。時として奇跡のような活躍を見せることがあり、それは鳥丸監督の言うようにある種の「才能」だったのだろう。
そんな田村自身のキャリアのなかでも、本人にとって忘れられない試合があるという。2013年12月28日、駒沢体育館で行われたその年の関東フットサルリーグ1部最終節の最終第4試合。当時田村が所属していたファイルフォックス府中は、その年を最後にFリーグに参入することが内定していたフウガすみだ(後のフウガドールすみだ)と対戦した。
すみだは当時、関東リーグで約2年半にわたり無敗を継続。「同じリーグに所属していながら雲の上の存在に見えた」というが、その試合で田村は2ゴールの大活躍。本人ですら「あの試合は何か降りてきていた。奇跡のようだった」と回顧するスーパーゴールを叩き込み、みごとチームを勝利に導いたのだ。この活躍が敵将・須賀雄大監督の目に留まり、翌年フウガドールすみだへ移籍。確かな実力に加え、持ち前の「引き」で夢のFリーグへの道まで切り拓いた。
深く刻み込まれた、偉大な先人のメンタリティ
Fリーグデビュー後も田村はその意外性を発揮し、しばしばビッグゲームの主役となった。しかも重圧のかかる大舞台になればなるほど、いわゆる“ゾーン”に入れる選手だった。そのメンタリティの源流について尋ねると、田村はファイルフォックスのあのレジェンドの名前を口にした。
「遡ってみると、僕はやっぱり若い頃に※難波田治を見ていたので。ピッチで表現する熱い気持ち、そのなかでの少しの冷静さといったメンタル面の部分をあの人から肌で学びました。移籍したフウガにも似たメンタリティを持った選手がたくさんいたので、そこでまた学んで。全身全霊で気持ちを出し続けることもそうだし、すべての結果を受け入れる覚悟を持ってパッとピッチに入る。そこでスイッチを切り替える。そういう選手たちを間近に見るうちに、自分も時々いわゆるゾーンに入れるようになっていったのかなと思います」
(※難波田治。元日本代表。Fリーグ誕生前の関東リーグの強豪・ファイルフォックスで活躍するなど、日本フットサル黎明期を支えた闘将。数シーズンのFリーグでのプレーを経てファイルフォックスに復帰し、その際に田村と同じセットでプレー。現ペスカドーラ町田コーチ)
若き田村が肌身で感じ、深く刻み込まれたそのメンタリティは、チームが苦しいときにこそ発揮された。
思えばあの2021-2022シーズンの入替戦もそうだった。キャプテン・青山竜也のゴールで2戦合計同点に追いついたあと、田村は仲間に「人生懸けろ!!!」と檄を飛ばした。あの試合の意味合い、重み、異常なまでの空気感。様々な状況も踏まえたうえで、これほどまでに仲間の背中を押せる言葉が他にあっただろうか。あの試合、あの瞬間に“人生懸けろ”という言葉を紡げるのが、田村佳翔という男だった。
Y.S.C.C.横浜の選手として迎えた、今度こそ最後の全日本フットサル選手権大会。2回戦の対しながわシティ戦では、第2ピリオド16分に左足で貴重な逆転ゴール。その後同点に追いつかれPKまでもつれ込むも、4人目のキッカーを務めきっちり成功。フットサル選手として過ごす時間を、自らの活躍でもう1週間延ばしてみせた。逆転ゴールについては「いいところにこぼれてきてくれたので」と謙遜したが、最後の大会でも目の前にボールがこぼれてくるその引きの強さ、そしてそれを決めきれる勝負強さこそが、田村佳翔の田村佳翔たる所以なのだろう。準々決勝敗退とはなったが、最後に思い出多き駒沢に戻ってくることもできた。田村は最後まで田村らしく、選手生活を全うした。
「Fリーガーとしてプレーしたこの10年、苦しいことも多い選手生活でした。けど、最後にこのチームに拾ってもらって、フットサルを“心の底から楽しい”と思って終われる。チームメイトのみんなが僕の能力を引き出してくれて、鳥さんも最後まで信頼して使ってくれて、本当に、ただただ感謝しかないです。最後の1年、Y.S.C.C.横浜でプレーできて幸せでした。ありがとうございました」
フットサルにアディショナルタイムは存在しない。しかしフットサルの神様は、田村に特別な追加時間を用意していた。幾度となく奇跡を起こし、そのプレーで、そして心で、多くの人々を魅了してきたNo.9田村佳翔。ファンにたくさんの“記憶”を残した男が、笑顔でピッチを後にした。
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