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作成日時:2026.01.27
更新日時:2026.01.27

【インタビュー】フットサル競技生活25年、中島詩織が最後に夢見たW杯出場。初代日本女子代表が本気で目指した場所

PHOTO BY伊藤千梅

女子フットサル界のレジェンド・中島詩織が、25年間の競技生活に終止符を打つ。

小学生時代からフットサルを始め、先人たちの背中に食らいつくようにして夢を追い、当たり前のようにスペインへと戦いの場を移し、10年間、世界最高峰でしのぎを削った。

いつ引退を決めたのか。スペインでの戦いはどうだったのか。なぜ、日本に戻ってきたのか。この先、どうするのか。淡々とキャリアを振り返りながらも、その言葉一つひとつに、彼女の想いと、歴史の重みが宿る。その間、彼女の表情は柔らかく、穏やかだった。

ただ一つ、FIFAフットサル女子ワールドカップの話題になると、声が揺れた。

史上初開催の女子W杯。初代日本女子代表のメンバーである彼女にとって、夢に見た舞台。憧れの場所。現役でいる間にチャンスが来ないかもしれないと諦めかけた悲願の大会。

叶った夢と、叶わなかった出場。

中島は目に涙を浮かべ、言葉を詰まらせながら、複雑な胸中を明かした。

25年に及ぶ“フットサル競技生活”は間もなく、終わりを迎える。残るは、ファイナルシーズンと、全日本選手権。中島は最後、どんな有終を飾るのか──。

インタビュー=伊藤千梅
編集=本田好伸



W杯出場を、本気で目指していた

──今シーズン限りでの現役引退は、最初から決めていたんですか?

そうですね。今シーズンが始まる前から監督にも相談していました。女子W杯の開催が2025年に決まった2024年の時点で、そこまでは頑張ろうという気持ちでいました。

──中島選手にとって、W杯とはどんな存在でしたか?

難しいですね……。

本当に、ずっと待ち望んでいたものです。日本女子代表ができる前からフットサルをやってきたので、代表ができた時もうれしかったのですが、やはり「W杯」にも憧れがありました。スペインにいた頃から、自分の周りでも「W杯をやりたい」「W杯に出たい」と話していました。私も大会の開催に向けた嘆願書を集める活動に誘われましたし、吉林(千景)は動画にも出ていて、W杯をやろうよという動きは、日本よりも大きかったと思います。

その分、意識することも多かったですね。ただ、開催までにはかなり時間がかかりました。正直、自分が現役のうちは無理かもしれないと、頭をよぎることもありました。

──では、開催が決まった時はどんな心境でしたか?

正式にW杯開催のニュースを聞いた時は、素直にうれしさがありました。ずっと思い描いていた舞台でしたし、そこに自分も立ちたいと、新たな目標ができました。

──W杯開催の夢は叶ったものの、出場の夢は叶いませんでした。

本当に、すごく複雑な気持ちではあります……。長年、夢見てきた舞台でしたし、いろいろな人が待ち望んできた大会が開催されたことが、本当にうれしかった。日本だけではなく、世界の女子フットサルのためにもすごく大きな第一歩を踏み出せたと思います。

ただ、自分がその場に立てずに悔しい思いもしました。大会が始まるまでは「絶対、自分が行くぞ」「負けない」と。本気で目指していたので、本当に、悔しかった。

でも、今回、選ばれた14名がベストメンバーであることは間違いないですし、大会が始まってからは、できるだけ勝ち上がってほしいと、素直に応援していました。

──自然と日本を応援していた。

そうですね。日本だけでなく、以前チームメイトだったスペイン代表のダニー(・ドミンゴス/背番号3)は、私より年上の41歳で出場していました。他にも、スペインで一緒に戦ってきた仲間たちが各国の代表として出場している姿を見て、胸が熱くなりました。

ただ、スペインで一番仲の良かったペケという選手が開幕直前に怪我で離脱したり、アニータという、けん引してきた選手も数カ月前に前十字靭帯を切ってしまったり、そういう選手にW杯に立ってほしかったという思いもあったので、そこは残念ではありました。

アズさん(藤田安澄)はこれまで、クラブでも日本代表でも一緒にプレーしてきたので、コーチとしてW杯の舞台に立っている姿はすごくうれしかった。選手ではないとしても、アズさんの努力でつかんだ舞台だと思うので、私自身も感慨深い思いで見ていました。

──中島選手にとって、本当に特別な意味をもつ大会だった。

そうですね……自分も行きたかったという思いは、すごく強かった。でも、日本代表として戦っていた選手のみんなには、頑張ってくれて本当にありがとうと思っています。

──中島選手は、2007年に結成された初代日本女子代表のメンバーに選ばれています。当時を振り返っていかがですか?

アズさんもインタビューでおっしゃっていましたが、代表ができたばかりの頃は、この代表活動が続くかどうかもわからない状況だったので、私たちが結果を残さなければ「代表がなくなってしまう」という危機感がありました。でも、まだ若かったですね。

代表は学ぶ場所ではなく戦う場所ですけど、やっぱり周りの方から教わることが多かった。先輩たちと一緒に戦うことで、責任感や覚悟を少しずつ自覚していったと思います。

──日本代表は、どんな場所でしたか?

一言で言えば、本当に特別な場所。今回のW杯もそうですけど、どれだけ行きたくても、行けるものではありません。ただただ結果を追い求めながら日本のために戦うということは、他の戦いでは得られない感覚だと思います。

──そこに選ばれた責任がある。

そうですね。いろいろな人の思いを背負って、そこに立つという場所。相手も国を背負って戦っているので、その意地とプライドがぶつかる場所です。私は試合前に武者震いしましたし、覚悟をもって1試合1試合に臨まないといけないなと、常に感じていました。



世界で戦った10年を終え、最後は日本で

──中島選手は2011年、大学卒業のタイミングでスペインへ移籍しました。

もともと、海外でプレーしたいとは思っていました。大学を卒業する1年前にスペインで開催されたワールドトーナメントで、その後、最初に移籍することになったフッチ・アトレティコ・マドリードと練習試合をしていたので、コンタクトを取ることができました。

卒業後に1カ月くらいトライアウトを受けてから正式に加入が決まったので、自分としてはタイミングが良かったかなと思います。

──そこから、スペインで10シーズンを過ごされて……すごすぎます。

自分でも信じられません(笑)。そんなにいるとは思っていなかったので。

──なぜそれほど続けられたのですか?

幸運なことに、周りの人に恵まれていました。

当時は海外でプロをしていると言っても、代理人をつけていたわけではないですし、チーム側のシステムがきちんとできていたわけでもありません。加入直前に契約破棄になったこともありました。そういう時も、チームメイトや友達が親身になって助けてくれたからこそ、スペインでも続けてこられたのかなと思います。

──かなりハードな経験をされていますね。

あんまり話してきてはないですけど、いろいろとあります(笑)。給料未払いがあったりして、「あのクラブはやめたほうがいい」と仲間同士で話題になるチームもありました。

それに、1年目は試合に出場できずに悔しくて辛い時期もありました。外国人ですし、助っ人として登録されているのに試合に出られないと「何のために来たんだろう」って。

今思うと、それもすごくいい経験だったとは思います。自分はなぜここにいるのかという、意図や目標を忘れずやり続けることが大事だということを学びました。

──2年目以降は試合に出続けられた?

そうですね。1年で移籍をして、次のチームからは試合に出ていました。フットサルはセットのローテーションに入ることがすごく大事だと思うので、先発ではなくてもそのメンバーには入ることができていました。

10年間、1部リーグで契約を取り続けられたこと、そして試合に出続けたことは、自分でも良くやったなと思います。そこは、私にとっての自信になっていますね。

──2021年に日本に戻ってきました。

自分が自信をもってプレーできるうちに日本リーグに挑戦したいという気持ちがありました。なかなかプレーを見てもらえる機会がなかったので、最後に、家族やお世話になった方々に自分がプレーしている姿を見てほしいと思ったことも、戻ってきた理由の一つです。

──日本に帰ってきて感じたことは?

最初は、仕事を終えてから練習するサイクルに慣れなくて、すごく大変でした。そんな状況でプレーを続けているみんなは、本当にすごいと思います。今の日本リーグの環境でフットサルを続けている選手たちのことは、心から尊敬しています。

フットサルが本当に好きじゃなければ、続けられない。チームによっては月謝を払わなければいけない現実もありますし、決して楽な環境ではありません。それでも生活や自分の人生をかけてプレーしている姿を見て、改めてすごいなと感じています。

──引退後のことは決まっていますか?

それが、まったく決まっていなくて(笑)。でもフットサルにはたくさんのお世話になったので、何かしらの形で関われたらいいなと思っています。

指導者が向いているかわからないですけど、まずはライセンスを取りに行こうと思っています。あとは試合分析など、いろんな関わり方があるとは思うので、模索中です。

──引退発表に際して、SNSでもたくさんのメッセージが寄せられていましたね。

引退のリリースを書いていた時は特に感傷に浸ることもなかったんですけど、みなさんの温かい反応を見て、私もウルっときちゃいました。優しくて温かくて、フットサルを続けてきて良かったな、と。電車で読んでいたら涙が出そうになったので、「やめてー」って思っていました(笑)。でも、本当にありがたいことですね。

──最後、リーグ戦のファイナルシーズンと全日本選手権が残っています。

そうですね。リーグ優勝に向けては簡単ではない状況ですが、一つでも高い順位を目指していきたいですし、残り3試合、必ず勝ちたいと思っています。

自分にとって最後のシーズンですから、本当に全力を出し切って、チームの勝利に貢献できるように頑張ります。関東開催ですし、これまでお世話になったたくさんの方々に、自分がプレーしている姿を見ていただけたらうれしいです。

そして、選手権は必ずタイトルを取れるように臨みます。私の引退に関係なく、チームのみんながタイトル獲得を目指して必死に取り組んでいます。残された時間をできるだけ楽しみながら、1試合ずつ大切に戦っていきたいと思っています。

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