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アジア王者を目指すキミたちへ
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2019.06.15

【アジア王者を目指すキミたちへ】U-20からA代表へ駆け上がった先輩から。「思い切りやれば、間違いなく次につながる」(内田隼太)

PHOTO BY本田好伸

【U-20日本代表全力応援企画】アジア王者を目指すキミたちへ MESSAGE 2

鹿島アントラーズユース出身で、当時から期待値を集めた19歳は2016年12月、立川・府中アスレティックFCサテライト(当時は府中アスレティックFCサテライト)に所しながら、属特別指定選手としてFリーグにデビューした。しかし、その頃はまだ、今のようにピッチで大きな存在感を放つ選手ではなかった。

2017年5月、前回大会で初めて日の丸を背負って戦った経験が、内田隼太を引き上げた。

翌2018年3月、ベトナムのタンロン・ウォリアーズに期限付き移籍するなどキャリアを重ねていくと、9月にはA代表に招集されて、イランで開催された4カ国対抗戦で代表デビュー。その頃にはもう、大舞台であっても堂々と戦う、トップ選手の風格を漂わせるようになっていた。

立川・府中アスレティックFCの未来のエースとして主軸のポジションを手にした内田は、2018/2019シーズンに副キャプテンにも任命され、シーズン最後には新人賞も獲得。今では、名実ともに若手世代のリーダーの一人として、ピッチで並々ならないオーラを放っている。

歯車がかみ合い始めた大会。内田が学び得た、アジアで戦うことの意味と価値とは何か。

U-20の経験が向上心につながった

──2017年大会前の自分を振り返るとどんな状況でしたか?

あの頃はまだ、Fリーグに出始めたところで、一人前ではなくて半人前。選手として未熟なところが多いところで迎えた大会だったと思います。

──立川・府中アスレティックFC(サテライト)でフットサルを始めたばかりでした。

まだ1年ちょっとでしたね。

──代表合宿ももちろん初めて。

そうです。最初は名古屋合宿に呼ばれました。でもそのときは、ここでは自分の力を発揮できるなと感じていましたね。やれるな、と。フットサルを始めたときは立川・府中サテライトだったので、(当時の監督の山田)マルコスや、トップの谷本(俊介)監督など、立川・府中のフットサルしか体験したことがありませんでした。だから、新しい監督、コーチのもとでやるもどかしさ、新鮮さ、いろんな感情がありました。

──U-20アジア選手権自体が第1回大会でしたし、どんな雰囲気なのかもわからないまま迎えた大会初戦。どうでしたか?

やはり初めてという緊張もありました。でもそれ以上に、日の丸を背負っているんだから、思い切りやろうと思いましたね。代表ではよく感じていたのですが、勝つことが大事だなと。もちろん、U-20は成長していくことも大事なのですが、それ以上に日の丸をつけると勝つことが求められる。だから両方を追いながら、その上で勝たなければ意味がない。勝つための執着心を学びましたね。

──日本代表ユニフォームを着て、やはり気持ちの変化があった?

大げさにいうと、日本のすべての人を代表してピッチに立っているわけですから、それこそ日本の人口、1億三千万の代表なので、重みがあります。勝ったらもう、なんというか……。でも逆に、イラクに負けたことがすごく印象に残っていて。相手がものすごい喜び方をしていて、これが代表戦なんだなと思いました。

──初戦のチャイニーズ・タイペイ戦は中村充選手が先制点を挙げて、4-0で勝ちました。

あの試合はなかなか得点が取れない時間が続いていたのですが、充が取ってくれたことで少し気が楽になりました。最初の点がどちらに転がるかによって、大会自体の結果が変わってしまう難しさがあります。逆に先制されていたら、一度も波に乗れずに負けてしまったかもしれませんから。もちろん、それでも取り返す力は全然あると思っていましたけど。試合の入り方が大事だなと思いました。

──内田選手は、サッカー時代に国際大会などの経験がありますか?

鹿島時代にはあったのですが、日本代表では初めて。全く違うものでした。国際大会は、普段やっていないような選手と戦うので、リーチや幅、強さなど、自分の想像を超えてくる場合があります。そのせいで失点してしまうこともありました。そこは気をつけないといけないところですね。

──大会2戦目のタジキスタン、3戦目のベトナムには引き分けました。想像を超えてきた、と。

想像を超えてきたのは、相手のメンタル面ですね。タジキスタンは、残りわずかな時間帯にパワープレーから決められてしまいました。相手の技術どうこうよりも、代表で戦うことのメンタル。最後の勝利のところを締めること、最後の一歩の階段を登ることの難しさを痛感しました。

──でも、そういう大会の経験が、間違いなく自分のプラスになるわけですよね。

それは間違いありません。

──実際にどう変わったと思いますか?

そのあとA代表にも選ばれましたが、U-20に選ばれたことが土台になっています。U-20の経験があったからこそ、より一層「上に行きたい」、「成長したい」という向上心につながりました。それにA代表でもおどおどしないというか、経験があったからこそ、堂々とやれるようになりました。

【次ページ】山の登り方は違っても、最終的な目標は一緒

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