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2019.06.18

【アジア王者を目指すキミたちへ】悔しさに涙した“イラク戦”のその先へ。「幸せを噛み締めながら、頂点を目指してほしい」(植松晃都)

PHOTO BY川嶋正隆

【U-20日本代表全力応援企画】アジア王者を目指すキミたちへ MESSAGE 4

2年前のU-20日本代表を語る上で忘れてはいけない存在、それが植松晃都だ。

遡ることさらに2年前の2015年、高校生だった彼は、15歳9カ月15日でFリーグ最年少出場を果たした。これは、いまだ破られていない記録だ。さらに17歳237日で決めた初得点が当時の最年少記録となり、清水和也が持っていた記録を10日、更新した(この記録は、2016年に山田慈英が17歳112日で塗り替えた)。

湘南ベルマーレの育成組織で幼少期からフットサルキャリアを重ね、17歳で日本代表に初選出。クラブの期待を背負ってきた植松は、アンダーカテゴリーのU-20日本代表でも副キャプテンとして、清水と一緒にチームをけん引。誰よりも強い信念を胸に、「俺たちがアジア王者になる」と信じて疑わなかった。

しかし──。

準々決勝でイラクに敗れた試合終了直後、植松の目からは涙がこぼれ落ちた。

「自分はあまり試合で負けても泣かないタイプなんです。でもイラクに負けたときは、自然と……」

自身が自覚していた以上に、日本代表で戦う意味と責任が、彼のなかに刻まれていたのだろう。ただし、植松が悔しさと同時に味わっていた感情は、それとは正反対の「喜び」でもあった。

「自分が好きなフットサルを、日本を代表して海外でプレーできる。本当に幸せなことだと思いました」

奇しくも、現U-20日本代表は、18日の準々決勝で再びイラクと戦う。植松は、あの日の思いを、彼らに託す。

ケガをした清水のヒザに、坂がまさかそんなことを……

──2017年大会前の植松選手自身は、どんな状況でしたか?

所属していたベルマーレでは、その頃から出場機会をもらえるようになりました。チームのなかでも中心になりつつあった時期ですね。

──U-20日本代表が発足したのもその時期ですが、この世代は自分が引っ張っていこうという想いも?

初めて集まったのはU-17の頃でした。当時は、メンバーの半分くらいがサッカー部からきていたので、フットサルの知識があまりない選手とのプレーでした。そのなかで、和也とは「Fリーグのトップリーグでプレーする俺たちが引っ張っていこう」と。彼とはいろいろなことをよく話ましたね。

──清水選手がキャプテンで、植松選手が副キャプテン。

和也ができない細かいところを自分がやる、と意識して取り組んでいました。

──いざ迎えた本大会。振り返るとどんな印象ですか?

初戦は本当にガチガチで、(中村)充が点を取ってくれたことで、チームとしてもほぐれた印象でした。

──中村選手も、初戦のゴールは良かったと言っていました。

あのゴールは本当に良かったですよ(笑)。

──「俺たちはアジア王者になれる」と意気込んで臨んだ大会だったと聞いています。

優勝するものだと思っていたのが正直なところで、誰もが強気で大会に臨みました。ただ、今でも覚えているんですけど……。自分はあまり試合で負けても泣かないタイプなんですけど、イラクに負けたときは、自然と涙が出ました。

──そうだったんですね。グループステージも悔やまれる試合が続きました。

2戦目、3戦目の引き分けは痛かったですね。どちらもパワープレーから残り数秒で決められました。油断だとは思いたくないですが、どこかでそれがあったのかなと。(鈴木)隆二さんからもそこが課題だと言われていたので、引き締めてやったつもりでした。でも、イラク戦も点を取れないままズルズルいってしまい、先に失点して負けてしまいました。

──そういう悔しさを感じられたことは、ある意味で大きかった。

本当に大きなものだったと思います。僕のプレースタイルもあの大会を境に少し変わりました。自分でボールを取ってから1対1を仕掛けるスタイルでしたが、隆二さんのチームは2人組の関係をずっとやっていました。自分はそういうのが苦手で、ワンツーくらいならできますが、パスを出してジャゴナウ(走りながらくの字に折れるような動き)で開くような動きは苦手で。そういう連動したプレーが当時の湘南ではやっていなかったので、代表でプレーする難しさを感じていましたね。

もちろん、A代表は4人での崩しをやっていたので、その部分はU-20でも生かせました。ただ、U-20でプレーすることで、そういう関係性の動きを知識として自分のなかに落とし込めました。そういう意味でも、あのカテゴリーでプレーできたことは自分に取って大きなことでしたね。

──2017年大会のテーマは「家族になること」。今も当時のメンバーとは仲がいいですか?

今でも仲がいいですよ。ようやく僕らの世代がFリーグで活躍するようになってきました。これまでは遠征に行っても、チームに1人、同世代がいるかいないかという感じでしたから。「久しぶり」なんて言っていたんですけど、今ではピッチで顔を合わせることが増えましたね。そういう状況は、自分としては嬉しさもありつつ、みんな底上げしてきているので、自分がもっと上がっていかなきゃという刺激にもなっています。

──では、その世代のムードメーカーと言えば……。

坂(桂輔)ですかね(笑)。

──やっぱり(笑)。

和也がヒザをケガしたことがあったんですけど、坂がとんでもないことをして。「俺が治してやるよ」ってオレンジジュースをかけたんです(笑)。

──(笑)。

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