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ブルーノ・ジャパンの挑戦
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2019.10.19

“代表から最も遠かった男”・安藤良平が、フットサル歴10年でたどり着いた「日本代表」という舞台

PHOTO BY軍記ひろし

名古屋への移籍が、安藤の意識を変えた

“国内組”では、唯一の“復帰組”。9月のタイ代表戦も未招集。安藤良平は、4カ月ぶりに代表に復帰した。

「ケガとクラブの稼働、過密スケジュールの状況を総合的に考えて、負荷を掛けない方がいいだろうということで、戦略的な意図で招集していなかった背景がある」

ブルーノ・ガルシア監督は、AFCフットサル選手権トルクメニスタン2020東地区予選のメンバーに安藤を選んだことについて、そうコメントした。

7月の候補合宿はケガのために辞退。リーグ戦4試合を欠場した後、8月のAFCフットサルクラブ選手権で復帰して、準々決勝、決勝でゴールをマーク。名古屋オーシャンズの3大会ぶり4度目の優勝に大きく貢献した。しかし、ブルーノ監督は帰国後の合宿にあえて安藤を呼ばなかった。「W杯出場権」をつかみ取るための重要な選手として、安藤に注目し続けていたことは明らかだ。

強靭なフィジカルを生かした守備と運動量が武器のハードワーカーは、疑いようもなく国内最高峰のフィクソの一人だ。しかし4年前に、ここまで大成するとは、本人はもちろん、誰も予想していなかった。

「自分で過大評価はできない。一つずつ課題をクリアしていくだけだった」

2010年に神奈川県リーグでプレーして、フットサル歴わずか1年で飛び込んだFリーグ。湘南ベルマーレに所属した5年間でメキメキと頭角を現したが、今のような安定感と重厚感はなかった。名古屋のペドロ・コスタ前監督たっての希望で移籍が決まった当初も、周囲から懐疑的な目を向けられていた。

「安藤が名古屋? 大丈夫なのか?」

そうした雑音を、自らのプレーでかき消していった。

「名古屋に行くことが決まって、(2016年)4月にはグレさん(木暮賢一郎)が暫定監督をした代表に呼んでもらいました。そこから『日本代表』への意識が明確になった。4年後は自分がやるんだ、って」

代表キャップは11試合。百戦錬磨の皆本晃や滝田学には、経験値で劣る。ただし安藤は、もう4年も“名古屋”で戦ってきた選手である。アジアクラブ選手権優勝を2回も経験した。「海外でアウェイ戦をやってきたことでメンタルも強くなれたし、そこはポジティブ」という、安心感がある。

「僕はもう、若い選手じゃないですから(笑)。やってやろうっていう気持ちはゼロじゃないけど、あまり力んではないです。自分の特徴をチームの力にするような、プラスの働き掛けをしたいですね」

そう屈託のない笑顔で話すが、ピッチでは誰よりも闘争心をむき出しにして戦う男である。日の丸を背負って戦うメンタリティーは十分だ。安藤は、4年前には思い描けなかった舞台で、どんな戦いを見せるのか──。

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