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ブルーノ・ジャパンの挑戦
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2019.10.21

「僕がまだ最年少……」。新エース・清水和也が感じてきた世代交代の必要性と、未来への覚悟。

PHOTO BY本田好伸

日本代表のすべてを引っ張る「エース」へ

清水和也はこの3年半、“おあずけ”をくらっていた。2016年、加速度的な成長を遂げて未来のエースに推された18歳は、アジア選手権直前の国際親善試合に出場したが、メンバーから落選。自身初となるワールドカップ出場はもちろん、かなわなかった。

しかし、清水は言う。

「当時は18歳でしたが、年齢は関係なくて、自分が良ければ選ばれていたはず。W杯に行けなかったアジア選手権を見て、『次は自分が中心になって、W杯に連れて行かないといけない』と強く感じました」

清水はそこから、さらに進化のスピードを上げた。2016シーズンは22得点、2017シーズンは24得点。ゴールという明確な結果でチームを引っ張り、気がつけば、フウガドールすみだの絶対的なエースとなっていた。

そして2018年、さらなる飛躍を期してスペインへ。世界最高峰のリーグでトップ3に入るエルポソ・ムルシアのBチームに所属して、途中、トップ出場も果たした。清水は誰よりも“当事者意識”を持って取り組んできた。

「世代交代の必要がさけばれていますが、僕がまだ最年少。もっと下のカテゴリーの選手に刺激を与えられるように、自分が活躍しないといけない」

そういう“日本視点”を、清水は、身近な先輩たちから学んできた。

「(稲葉)洸太郎さんの存在は特に大きかった。ずっと代表のためにやってきた選手ですが、2016年は選ばれませんでした。僕よりも前に外れてしまった。それが、4年後へと向かう強い気持ちにつながりました」

稲葉は、2008年、2012年のW杯メンバー。クラブでも代表でも、トップ選手のあり方を伝えてくれた先輩の言葉や振る舞いが、清水を支えた。

「それに、(森岡)薫さんも(星)翔太さんも(吉川)智貴さんもそうですし、本当にメンバー全員がアドバイスをくれます。僕もわからないことは聞きにいきます。そうやって、積み重ねていくものなのかなと思います」

日本フットサルの歴史は決して長くはないが、先人たちが“バトンを渡す”ことで受け継がれてきた。例えば10年前、星翔太が代表に入り始めた頃は、木暮賢一郎や小宮山友祐、髙橋健介といった先輩が星にすべてを伝えながら、バトンを託していった。それを今度は、清水へとつないでいく時期にある。

「薫さんには『エース』の姿勢を示してもらいました。ピッチに立ったら俺がすべて引っ張るという姿。この先、自分がその存在にならないといけない。W杯の出場権を自分の力でつかみ取る。そういうところに来ています」

背負うのは、日本の未来。その自覚と覚悟もある。「ゴール」という明確な結果が、求められている。清水は、日本フットサルをW杯へ導けるか──。

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