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2020.06.12

小学4年生の頃からの夢を叶えるために。“強心臓”関口優志の半生。

PHOTO BY軍記ひろし

「ワールドカップに出場すること。それが最大の目標ですし、夢でもあります」

それが、関口優志が小学4年生のときにサッカーを始めてからずっと抱き続けている目標だ。

当時目指していたのはサッカーのワールドカップ。だが、同じフットボールの選手としてその目標は今も変わっていない。

フットサルへの転向が関口の運命を変えた

野球好きな父親の影響で、小学3年生まで関口は野球をしていた。しかし北海道出身のため、冬の間は野球ができなかった。兄の影響でサッカーを始めると、冬の間だけプレーするはずが一気にのめり込んだ。

父親からは「野球を続けてほしい」と反対されたが、最終的には「キーパーをやるならサッカーでもいい」と言われ関口のキーパーとしてのキャリアがスタートした。

持ち前の運動神経でメキメキと実力をつけ、強豪・帯広北高校へ進学した。北海道選抜やナショナルトレセンに選ばれ、「プロを目指したい」という気持ちも次第に強くなっていった。

しかし、身長がわずかに低いことでJリーガーとして活躍するのは厳しいのでは。そんな現実を目の当たりにしていると、帯広北高校の岩見卓監督がFリーグに参入したばかりのエスポラーダ北海道に掛け合った。

北海道へのセレクションを勧められ、合格したことで入団が決まった。

だが岩見監督から「身長が高ければ、おそらくJリーグでも通用するGKがいる。一度見てくれないか」と言われていた北海道の小野寺隆彦監督は関口のポテンシャルの高さを感じ、実はセレクションをする前から合格を決めていた。

フットサルに転向後はサッカーとの違いに戸惑ったが見立てどおり「順応していくスピードは早かった」(小野寺隆彦)。

シーズン開幕前、入団して間もない関口は愛知県岡崎市で行われる名古屋オーシャンズとのプレシーズンマッチに帯同した。

キックオフ前、電気が消されて真っ暗な中を入場する。整列が終わると岡崎中央総合公園体育館の照明がパッと点き、今まで経験してこなかったことを経験したことでプロの世界に入ったことを実感した。

同時に「この中でやっていけるのか……」という不安もあったが「試合に出たい!」という気持ちの方が強かった。

シーズン序盤は伊藤淳が起用されていたが、次第に関口がスタメン起用されるようになっていった。

「なんでだよ!」

小野寺監督は技術も経験も上だった伊藤から何度も問われた。だが、小野寺監督は関口のポテンシャルの高さに懸けた。Fリーグの舞台で経験を積むことで関口は小野寺監督の予想を超える成長を遂げていった。

その成長ぶりは2014年にGKコーチとしてクラブに復帰した伊藤が「優志はワールドクラス」と認めるほどに。


■全文はこちら(インサイド・オーシャンズ/有料記事)
小学4年生の頃からの夢を叶えるために。“強心臓”関口優志の半生。


掲載協力:INSIDE OCEANS(インサイド・オーシャンズ)

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