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【翔太と龍太、兄弟対談/後編】知られざる2人のエピソード。「喧嘩もしたけど、ずっと兄貴にくっついてきた」(星龍太)

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兄弟それぞれが感じていた劣等感

──翔太さんは中学生のときに3年連続で全国大会に出場して、最後の年は優勝も経験したんですよね。

翔太 全国大会は優勝しましたが、中心選手ではありませんでした。当時は身長があまり大きくなかったので基本的にはサイドのポジションでしたが、器用貧乏で複数のポジションができたので、困ったときにそのポジションに入るという感じでした。

龍太 翔太が全国大会で優勝したとき、僕は1年生でメンバーに入れなくて、家族と一緒に鹿児島まで応援に行きました。僕の代のサッカー部は逆に、成績がよくなかった。「狭間の世代」と言われてました。兄の全国優勝を目の前で見たこともあって、僕らの代で結果を残せなくて悔しかったですね。それに、兄貴が結果を出していると比べられるんですよね……。

──やはり比べられることは多かったんですね。

翔太 兄弟だからってことでもなくて、私立の場合はよく比べられるんです。言い方は悪いですが、私立に行く人はそれぞれの理想があるからなのか、他人と比較しがちになる。僕らもそれに巻き込まれていましたが、幸いにして、うちの親は誰かと比べて優劣をつけることは全くしなかった。それに「あなたたちが一番だから」という言葉が自信にもつながりましたし、それですごく助けられましたね。

──ご両親は、厳しくも愛が深い。

翔太 中学、高校くらいまでは、100%の応援でしたね(笑)。

龍太 そうそう。他の人と違っていても、自分たちが間違っていなかったらそこを曲げずに応援してくれる。

翔太 「それは他の人が間違っている」ってハッキリ言ってくれるんです。「うちの子はここが正しくて、それはあなたが間違っています」って、先生にも周りにも言ってくれるので、自分たちの道は間違っていないんだと自信を持って進めるように後押ししてもらえました。

龍太 うん。でも当時はあまり気づかなくて、後になってそのことを感じました。

翔太 子どもを助けることは誰でもできると思うけど、その上で周りと戦える人ってなかなかいない。そういう姿勢をずっと見てきたし、僕らの見えないところでも戦ってくれていたと思う。本当に感謝しています。

──龍太さんは、兄と比べられる中で劣等感のようなものもあったのでしょうか?

龍太 当時はありました。翔太にだけでなく、下の学年も上の学年も結果を出していて、本当に狭間というか。「兄貴はあんなに走れるのになんでできないんだ」っていう比較もありましたね。個人としても僕らの学年としても、劣等感はすごく感じていたように思います。

──お兄ちゃんに悩みを相談することは?

龍太 いや、なかったんじゃないかな。恥ずかしかったし、相談することで劣等感があることを認めることになるので。だから相談しなかったし、相談するような年齢でもなかったのかな。僕も負けたくないプライドがあったので、弱みを見せないようにしていたんじゃないかなと思います。

翔太 でも僕は僕で周りに対して劣等感がありました。体が小さくて、走れないし、全然ダメなやつという感じで。それから身長が伸びて少しずつ周りを追い抜いていくんですけど、中身は変わらないので。当時は常にダメなやつと思い込んでいました。でも、暁星はすごく走るチームだったので、誰よりも走れるようになったら誰も何も言えないだろうと。劣等感と向き合って、負けないように負けないようにとやっていました。

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