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作成日時:2026.02.04
更新日時:2026.02.04

【連載】その1 新生日本代表/その2 新生関東リーグ/その3 リカルジーニョの衝撃/その4 人気回復の関東リーグ|第15章 16年目の全日本選手権中止|第3部 新生期|フットサル三国志

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【連載】フットサル三国志|まとめページ 著者・木暮知彦

第3部 新生期

第15章 16年目の全日本選手権中止(2010年5月~2011年3月)

その1 新生日本代表
その2 新生関東リーグ
その3 リカルジーニョの衝撃
その4 人気回復の関東リーグ

その1 新生日本代表

2010年5月12日、15日、国立代々木競技場第一体育館およびグリーンアリーナ神戸にて、第11回アジア選手権の壮行試合が行われた。相手は、強豪ロシアだった。結果はロシアの小気味良いカウンター攻撃にやられ、4-7、1-5の敗戦であった。
続けて2010年5月23日から30日までウズベキスタンのタシュケントで第11回アジア選手権が行われた。タシュケントと言えば、第8回アジア選手権の開催地で、日本がイランを破って初優勝を遂げた場所である。
さて、この大会の位置付けであるが、日本代表監督がサッポからミゲルに替わってから初の公式国際大会である。ミゲルが来日したのが2009年6月だったが、6月の中国遠征、9月の国内でのイタリア代表戦、9月のスペイン遠征、そして前述のロシアとの壮行試合をこなしてここまできた。目標は2012年にタイで行われるワールドカップであり、それまであと2年、ミゲルの時計では約3分の1の道程だ。この間、多くの選手を試してきたが、今回のアジア選手権で、ある程度チームの骨格が固まったようだ。逆に言えば、固めなければならない。
骨格ともなる今回の代表メンバーは、年齢順に並べると、GK川原永光、木暮賢一郎、上澤貴憲、小宮山友祐、村上哲哉、松宮充義、菅原和紀、GK冨金原徹および藤原潤、小曽戸允哉、滝田学、星翔太、渡邉知晃、吉田輝であった。今回のメンバーには入らなかったが、北原亘、稲葉洸太郎、横江怜、原田浩平、皆本晃、仁部屋和弘、逸見勝利ラファエルなども候補になると思われる。むろん、あと2年あるので、当然、入れ替えはある。
これら列挙したメンバーを年齢順グループでくくってみると1978、79年生まれが4人(川原、木暮、上澤、小宮山)。1981年、1982年生まれが8人(村上、松宮、菅原、北原、稲葉、横江、冨金原、藤原)、1983年以降生まれが8人(原田、小曽戸、渡邉、滝田、皆本、吉田、仁部屋、逸見)と非常にバランスが取れた構成となっている。あとは、この2年間で国際試合の経験をどれだけ積めるかであろう。逆に言えば、経験者が少ないから伸び代はあるはずだ。
結果は、予選リーグを3勝0敗で1位抜けした後、準々決勝でキルギスを4ー0で破り、準決勝に進出した。しかし、準決勝は宿敵イランと直接対決となり、0-7の大敗を喫してしまう。しかし、3位決定戦では中国を6-1で下し、何とか面目を保った。優勝は、ウズベキスタンを8-3で破ったイランであった。
しかし、振り返ってみればフル代表のイランと対戦したのは2年前のワールドカップ予選を兼ねたバンコクで行われた第10回アジア選手権以来である。この時は、準決勝で0-1と敗れている。この0-1の敗戦を経験したメンバーは木暮、小宮山だけである。しかも、イランは、若手への切り替えを終え(あのシャムサイーは選ばれていない)、この時のワールドカップはベスト4に入るくらいの実力を付けており、その後も国際試合の経験値は日本をはるかに凌ぐものがある(ミゲルが来日してすぐに行われた1年前の中国遠征でイランと当たり4-4で引き分けているが、この時のイランはフル代表ではないので参考にならない)。
したがって、イラン戦の大敗は、第3回アジア選手権の準決勝が2-8、第4回アジア選手権の決勝が0-6なので、大敗の経験値で言えばそこまで戻ってしまったと考えることもできる。
新生日本代表のこれからの経験値アップに期待したい。
さて、お宝写真は、ミゲル監督と迎える大仁邦彌日本フットサル連盟会長(当時)の握手のシーンにしよう。大仁にとっては、サッポに続いて、海外から招いた2人目の監督である。

その2 新生関東リーグ

2010年5月22日、新生日本代表が第11回アジア選手権に臨もうとする前日、第12回関東リーグ1部の開幕節が行われた。場所は寒川総合体育館であった。
関東リーグもFリーグが始まってから3年目、新しい動きが出てきた。
まず、今シーズンよりコロナが復帰、ゾットと同じリーグとなったことである。ゾットは、2004年の第6回関東リーグで1部に昇格したものの1シーズンで降格してしまった。そして、2009年の第11回から復帰している。一方、コロナは、2006年の第8回で昇格、しかし、2008年の第10回で降格してしまった。その時の入替戦の相手がゾットであった。そして、第12回、関東2部で優勝、1シーズンでの復帰である。つまり、両チームはすれ違ってしまい一緒のリーグになるのは今回が初めてということになる。両チームは、早稲田、法政のサッカー同好会から発展したチームで、今までにない新しいタイプのチームということになる。
そういう意味ではフウガも、大学ではないが、都立駒場高校と暁星高校サッカー部のOBが合体したチームで、学生チームが原点である。そして、ゾットとフウガも入れ替わるような降格と昇格があり、この3チームが同じリーグになるのはこのシーズンが初めてというわけである。
コロナが1シーズンで復帰できた背景には監督兼選手の大場徹の力が大きい。大場は、ロンドリーナに在籍していたが、2007年にコロナに入団、しかし、2008年には大洋薬品バンフに移籍、大洋薬品バンフが施設枠で出場した第14回全日本選手権にはメンバー入りを経験している。181センチの大柄ながらテクニックにも優れ、最初のコロナ在籍の時は関東リーグオールスターにも選ばれている。2009年にはコロナに戻り、監督兼選手を務めるようになった。指導面においても非常に勉強熱心で、コロナをより高いレベルのフットサルへとけん引している。実際、コロナは開幕節、フウガと引き分ける健闘を見せた。のちのことになるが、今シーズンは3位と好成績を収め、優勝争いにからむようになるのである。
コロナの大場は1981年生まれ、ゾットの清野潤(監督兼代表兼選手)は1980年生まれ、そしてフウガの須賀雄大(監督)は1982年生まれとまだ若いが、指導者もしくはチームの代表という道を歩もうとしている。とりわけ、須賀の目標は明確に監督業を目指しているように見える。関東リーグ創世期では考えられないことであるが、若い人材が指導者あるいはチームの代表を目指すことは大変喜ばしいことだと思う。また、Fリーグでは難しいかも知れないが地域リーグではこのような機会がいくつも転がっているのだ。そこに地域リーグの光明があるのかも知れない。
一方、古豪と言われるようになったファイルフォックスにも明るい材料が見出された。それは、2月20日に行われた2部で2位のIwatsukiFC/tzkとの入替戦で終了間際に同点に持ち込み、1部に残留したことと、ついに難波田治が戻ってきたことだ。難波田は、昨年末に府中アスレティックFCを退団、全日本選手権出場を目指してチームに復帰、ファイルフォックスの全日本選手権出場にも貢献したが、今シーズンからリーグ戦にも出場、本格的に復帰となった。これで、湘南ベルマーレから戻った岩田雅人と若手を引っ張る体制が出来上がった。
この結果、前述した3チームが若い力でチームをけん引するモデルに対して、Fリーグを経験したベテランが地域リーグに戻って若手を育成する2つのモデルが生まれたことになる。Fリーグの開幕から3年、これからは後者のモデルも増えることであろう。ここにも地域リーグの光明があった。
結局、第12回関東リーグ1部は、前述の3チームと辛うじて1部に留まったファイル、カフリンガ、アルティスタ、マルバ、ブラックショーツの8チームでスタートすることになったが、第2回の顔ぶれからすると残っているのはファイル、マルバ、ブラックショーツだけとなった。
一方、2部は参入戦で山梨のヒュンフと千葉のバルドラール浦安セグンドが昇格、NUファンタースとSELECTIVO de OHRAはいずれも降格してしまった。
バルドラール浦安セグンドが2部に昇格したことにより、3つ目の新しいモデル、Fリーグのサテライトチームが地域リーグに進出する流れが誕生した。なお、すでに東海リーグで、名古屋オーシャンズがこのモデルの先鞭をつけている。このように、関東リーグもいきなり新生ということではないが、序々に生まれ変わろうとしている。
さて、お宝写真は、学生時代の仲間でつくったチームモデルとして、フウガ、ゾットに続くコロナFC/権田を取り上げるとしよう。写真は第13節、コロナ対ブラックショーツの一コマで、右から14番の山村朋也、17番の中川晋太郎、監督兼選手の20番の大場、28番小池太郎、25番GK清水哲明らが写っている。試合は7ー2で勝利、優勝戦線の残る貴重な試合だった。このシーズンの2年前、コロナは同じ学生モデルのゾットに入替戦で敗れ、2部降格を味わった。そんな折、武者修行で名古屋(バンフ)に所属していた大場が監督兼選手として戻り、名古屋で学んだ練習方法、戦術などを持ち帰り、さらにはミゲルの戦術なども学び、取り入れ、今まで無手勝流で試合に臨んでいたコロナを劇的に変化させたのだった。結果は今シーズン見事に開花、3位ではあったが最後まで優勝争いを演じた。

その3 リカルジーニョの衝撃

この三国志においても「○○の衝撃」というフレーズは何回か使った。覚えている方は相当な三国志フリークであろう。それは第2章の「アトレチコミネイロの衝撃」と第7章の「カステジョンの衝撃」である。つまり「リカルジーニョの衝撃」は〝衝撃シリーズ〟の3度目である。
思い返してみると、アトレチコミネイロの衝撃は、1998年8月で、場所は駒沢屋内競技場であった。その頃は雑誌ピヴォ!もナビもなく、告知と言えばインターネットのフットサルネットとFC JAPANくらいであった。何せ、関東リーグもなかった時代である。
続いてカステジョンの衝撃は、2004年8月のことで、場所は駒沢屋内球技場および駒沢体育館であった。アトレチコミネイロの衝撃から6年の歳月を経て、マスメディアも増え、ワールドカップに出場も決まり、フットサルの認知度が急速に上がった時期であった。関東リーグは第6回を数えていた。
そして、今回のリカルジーニョの衝撃は、2010年8月7日のこFリーグ開幕節のことで、場所は国立代々木競技場第一体育館であった。初日の土曜日の第1試合、名古屋オーシャンズ対エスポラーダ北海道という、関東とは縁のない試合にもかかわらず、5509人の観衆を集めるのだった。
アトレチコミネイロの衝撃から数えること12年、カステジョンの衝撃から数えて奇しくも同じ6年の歳月を経たことになる。すでにFリーグは4年目に入り、一般紙のスポーツ結果に掲載されるまでになった。
リカルジーニョのプレーぶりなどはすでにいろいろと書かれているので、特にここでは触れないが、リカルジーニョの影響について考えてみよう。
まず、前出2つの衝撃度は、確かにアトレチコミネイロにはトビアス、ファルカンのスターがおり、カステジョンにはハビ・ロドリゲスがいたが、衝撃は、小気味いいほどのダイレクトパスやツータッチの簡単で正確なパス、最後は無人のゴールに決められる日本の負け方であった。しかし、それは所詮エキシビションマッチであり、いつも見ることができるわけではない。しかも、当時は個人としても呼べる環境にはなかった。
しかし、あれから6年が経過、今や、名古屋オーシャンズだけかも知れないが、個人を呼べる環境ができ、リカルジーニョのすごさをサッカーのテレビほどではないが伝えるメディアも発達してきた。つまり、リカルジーニョの衝撃は、世界の超有名な選手が日本に契約で長期に渡って来ていることである。日本が衝撃を受けるというより、世界がリカルジーニョの日本行きに衝撃を受けているかも知れないと考えることができる。
むろん、そんなことができるのは名古屋オーシャンズだけかも知れないが、これをきっかけに世界の有名な選手が日本に来やすくなることは十分考えられる。第2、第3の名古屋オーシャンズが現れないとも限らず、このモデルには大いに期待したいものである。
ということで、再びお宝写真はリカルジーニョとしよう。と言っても、数多くリカルジーニョの写真は出回っているので、レアな写真となると難しい。そこで、リカルジーニョとペドロ・コスタ、そして現役引退の木暮の3人が写っているものにしよう。これは、木暮のラストゲーム、2013年の第18回全日本選手権の決勝戦終了後、チームメイトであるリカルジーニョとペドロ・コスタが木暮の現役選手生活を労う一コマである。
3人の共通点と言えば、あの2012年にタイで行われたワールドカップ、ポルトガル代表対日本代表の5ー5の死闘を演じた相手同士という戦友である。むろん、筆者の想像であるが、引退する木暮にとっては最も何かを訴えたい2人であったし、それに応える2人であったような気がしてならない。その後、リカルジーニョは、スペインリーグの名門インテルへ移り、ペドロ・コスタは2017年に引退して名古屋オーシャンズの監督へ、木暮は2014年からシュライカー大阪の監督に就くなど、それぞれの道を歩むことになった。

その4 人気回復の関東リーグ

2010年12月18日、駒沢総合体育館にて第12回関東リーグの最終節が行われた。前節までの結果は、1位カフリンガが勝ち点26、2位フウガが勝ち点25、3位ゾットが勝ち点23、4位コロナが勝ち点23、以下、5位ファイルフォックス、6位アルティスタ、7位ブラックショーツ、8位マルバという順位であった。つまり、最終節段階で1位から4位までが勝ち点3差、すなわちどのチームも優勝の可能性を残す展開となっていた。一方、下位はマルバこそ最下位が確定したが、残留争いは残っており、6位アルティスタと7位ブラックショーツは勝ち点1差でどちらも残留確定の可能性を残しているのだった。
これを見ると、奇しくも前々回に紹介した学生チーム3チームに加え、前シーズンこそ不振に終わったが元々、実力があるカフリンガが首位という昔とは様変わりの新興チームがベスト4になっている。逆に、まだ難波田効果が現れていないファイルが5位、ブラックショーツが7位、マルバが最下位と第2回以来の古豪は成績低迷という結果である。そんな最終節の対戦は、第1試合がマルバ対アルティスタ、第2試合がコロナ対ファイルフォックス、第3試合がフウガ対ゾット、第4試合がブラックショーツ対カフリンガの組み合わせとなった。
まず、第1試合はマルバが、最下位確定とは言え、意地を見せ、アルティスタを1-0で下した。この結果、ブラックショーツは最終試合で負ければ入替戦行きとなるから、ブラックショーツにプレッシャーがかかると同時にカフリンガにもプレッシャーがかかる展開となった。
続く第2試合。コロナ対ファイルフォックスは、コロナが3-1で勝利、勝ち点26で首位カフリンガと並んだ。カフリンガが負けると勝ち点が同じで、直接対決でコロナが上回るため、カフリンガにプレッシャーがかかった。
続く第3試合、フウガ対ゾット、お互いに負ければ優勝戦線から脱落するので、両者必死の戦いはなんと5-5の引き分けに終わった。この結果、ゾットは勝ち点24に終わり、優勝戦線から脱落する。一方、フウガは勝ち点26としたが、次の試合のカフリンガが負けて勝ち点で並んだとしても直接対決でカフリンガに負けているため、この時点で優勝戦線から脱落、4連覇とはならなかった。また、地域リーグ優勝者としての年間3冠の権利もなくなった。
そして最終試合、ブラックショーツ対カフリンガ戦、ブラックショーツは負ければ入替戦にまわる。カフリンガは負ければ、勝ち点でコロナと並び、この場合は、直接対決でコロナに負けているため、優勝はできない。お互い、負けられない最終節、最終試合となったが、カフリンガが2-1で勝利、初優勝を飾った。一方、ブラックショーツは2部2位チームとの入替戦にまわることとなった。なお、最終成績は、成績順にカフリンガ、フウガ、コロナ、ゾット、ファイル、アルティスタ、ブラックショーツ、マルバ(自動降格)となった。
なお、2部の最終節は12月25日に行われ、優勝が柏イーグルストア(自動昇格)、2位がバルドラール浦安セグンドとなった。1部・2部入替戦はブラックショーツ対バルドラール浦安セグンドとなった。
このように、最終試合、最終節まで優勝および残留争いで盛り上がった関東リーグ1部であったが、観客動員数も昨年度より9%増ののべ2万843人を記録した。1節の動員数の最高は、12月4日に墨田区総合体育館で行われた第13節の2609人であった。昨年度は1万9121人で、今年度は箱根レイクアリーナという遠い場所での開催もあったため、それを割り引くと10%増となり、観客が戻って来たと言える。とりわけ、フウガの動員力が貢献しており、墨田区総合体育館でのフウガの試合は877人、1012人、1182人を記録している。
ちなみに関東リーグのピークは、2005年6月15日、府中市立総合体育館で行われた第7回関東リーグの開幕節で、第1試合の府中アスレティックFC対サルバトーレソラが1068人、第2試合ファイルフォックス対ボツワナが1316人、第3試合のシャークス対ガロが1236人、第4試合のカスカヴェウ対フトゥーロが1239人で、のべ4859人であった。この点は第9章でも触れている。
Fリーグが設立された今、動員数は半分以下になってしまったが、戻ってきたことは光明である。
さて、お宝写真は、フウガの優勝を阻止、初優勝に輝いたカフリンガ東久留米の集合写真にしよう。垣本右近にしてみれば、社会人サッカーチームFC VENGAで名を成したものの、フットサルに転向してから、渋谷ユナイテッドで関東リーグ昇格を逃す挫折を味わった。そして、2005年、カフリンガを設立以来、東京都1部、関東2部と上がってきて設立5年目にしてついにつかんだ関東の頂点である。感慨もひとしおであったろう。

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