更新日時:2022.03.04
「佳く(よく)翔ぶ」人、田村佳翔。魂が震える試合を見せる選手|しょうこの心情系人物コラム
PHOTO BY高橋学
1月30日、Fリーグ2021-2022 ディビジョン1の名古屋オーシャンズ対ボアルース長野が行われた。両チーム共に、今シーズンのリーグ最終戦。長野にとって、勝利すればF1残留が決定するいわば「決勝戦」を控え、ABEMAの中継で試合前に流れるコメントの収録に現れたのは田村佳翔だった。
田村はカメラの前で「あるチームのある選手から『1試合1試合、すごく気持ちが入っていてうらやましい』と言われた。僕たちは強いチームではないが、見ている人の魂を震わせるような試合をしたい」と語った。
勝てば残留、相手は名古屋。こんなにヒリヒリする状況は、1年を通してもそう多くはない。名古屋はすでに優勝を決めていたが、この試合は終了後に優勝セレモニーが予定されているホーム最終戦。確実に勝利を狙うだろう。どんな試合になるのか──。
田村の言葉どおり、長野は魂が震えるような試合を披露した。
田村に話を聞かなくてはと、確信めいたものを感じた
長野は第1ピリオド終盤に1点を失い、0-1で第2ピリオドを迎えるが、24分に右CKに合わせた青山竜也のヘッドで試合を振り出しに戻す。試合終盤に再度リードを奪われパワープレーを仕掛けると、この流れから田村が同点ゴールを奪取。底辺からゴール前へと走り込む見事なフィニッシュだった。その後、2点を追う展開となったが、最後までゴールを狙い続け、残り2.3秒で1点差に追いつく粘りを見せた。敗れたことで最下位が確定し、F1・F2の入替戦に回ることになったが、長野の戦いぶりに心を打たれた人も多いはずだ。
私が田村と初めて話したのは、前所属のフウガドールすみだがFリーグに参入した2014年の開幕戦。私の幼なじみでもある小宮山友祐(現バルドラール浦安監督)と、試合会場の代々木第一体育館の入口で話していたら、田村が通りがかり「あ、こいつ佳翔だから。よろしく」と紹介された。なにが「だから」なのか、なにを「よろしく」すればいいのかお互いよく分からないまま、「はじめまして」と挨拶をした。当時20代前半だった田村は、礼儀正しくまっすぐな青年だった。私はほとんどの選手を試合を見て一方的に知っているので、「彼が佳翔くんか」と思った。「佳く(よく)翔ぶ」ってすごく素敵な名前だな、と思っていたので。
それから8年近くが経った。これまでなかなか取材をする機会はなかったが、名古屋戦前のコメントを聞いて、漠然と「今日は勝っても負けても佳翔くんに話を聞きたい」と思った。長野の戦いぶりや田村のゴールを見て「やはり今日は話を聞かなくては」と確信めいたものを感じた。試合を終えて長野のスタッフに取材を申し込み、しばらく待っていると「なんの媒体の取材ですか?」と言いながら田村が現れた。そのときはまだ、どの媒体にどのような内容の記事を書くか決まっていなかったので、正直に「なにっていうと難しいんだけど、話を聞きたくて」と伝えると、笑いながら快く取材に応じてくれた。
コロナ禍の日程変更や、東京オリンピック・パラリンピック、FIFAフットサルワールドカップ開催による長い中断期間など、どのチームにとっても難しいシーズンだったことは間違いない。加えて長野はシーズン途中で監督が交代した。しかし、「やるしかない」という気持ちだったという。10月の監督交代から最終節までの約3カ月。「できることは限られている」「やれることをやろう」と選手たちで話し合っていたからこそ、チームが一体となった。名古屋戦では1月に就任したばかりの山蔦一弘コーチのベンチワークも目立っていたが、山蔦コーチの存在については「今までコーチがいなかったので、監督と選手の中に山さんが入ってくれたことで細かいところのすり合わせができるようになった。長野に一番足りなかったピースが入ってくれたと感じる」と、大きな信頼を寄せている。
同い年のライバルが羨望した、田村の闘志
「長野の選手たちの姿に心を打たれた」「きっと試合を見た人はみんなそのように感じたと思う」と伝えると、「残留がかかっている試合だし、最初はめちゃくちゃ緊張していましたけど」と笑う。続けて、「負けている状況でも勝つと信じて戦って、気持ちを込めたプレーを見せられた」「勝ちたい気持ちの強さを表現でき、『やることをすべてやって負けたから仕方ない』と、今は入替戦に向けて気持ちを切り替えている」と話した。もう一言、「選手をまとめ上げてくれた柄沢監督に、結果で恩返しできず悔しい」とも。
試合後、田村は名古屋の選手から「この戦いをしていれば(入替戦は)なんとかなるよ」と声をかけられたという。王者にそう感じさせるほど素晴らしい出来だったのだ。
「やるべきことを信じて、常にチャレンジャーの気持ちで全力でぶつかって残留させられるように……いや、残留できるようにしたいです」
田村はそう言い直す謙虚さを見せた。
冒頭で触れた「あるチームのある選手」とは、すみだの栗本博生だと教えてくれた。同い年で、互いに切磋琢磨してきたライバルは、田村にこう伝えたという。
「長いシーズンのなかでは正直、すべてを決勝戦のように戦うのは難しい。でも、長野は1試合1試合に気持ちが込もっていて、選手としてはうらやましいことだよ」
「でも、毎試合すごく大変ですけどね」と、田村は苦笑する。
そして私は、これが本来の田村だ、と感じた。FIRE FOX(現ファイルフォックス八王子)で田村をかわいがっていた小宮山は、田村と私を引き合わせた当時「佳翔はすごくまっすぐな人間だ」と言っていた。そして、私もそういった印象を持っていた。
8年も経てば、誰でも大人になる。選手なら取材の受け答えも上達するし、発する言葉のすべてが本音とは言えないだろう。でも、謙虚に「残留できるように」と言い直す田村より、「残留させられるように」という本音を見せる田村のほうが、内に秘めている闘志が感じられて私は好きだ。栗本の言葉を受けての苦笑しながらの「大変ですけどね」も、その本音を聞けてよかった、とうれしかった。そういったときの田村はきっと、代々木のピッチに初めて立ったときの気持ちのままのまっすぐな青年に戻っている。
「佳く翔ぶ」人、田村佳翔。入替戦のピッチで、彼はその名のとおり躍動する姿を見せてくれるだろうか。いや、彼ならきっと魂が震える試合を見せてくれるはずだ。
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