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作成日時:2024.03.11
更新日時:2024.03.23

復帰できなかった2年4カ月7日と、現役最後の“延長戦”|湘南・佐藤玲惟 #人生に刻むラストゲーム

PHOTO BY高橋学、本田好伸

現役最後の公式戦、湘南・佐藤玲惟はユニフォームを着てピッチに立てなかった。

二度の大怪我を乗り越え、2023年春にどうにかチームに合流したものの、今シーズンの出場はゼロのまま、12月に現役引退を表明。12月9日のホーム最終戦で引退セレモニーをした試合も、元気な姿を見せた一方で、ベンチ入りすることができないまま、試合後にファン・サポーターの前で挨拶した。

迎えた全日本選手権。そこでも彼はベンチに入ることはなく、クラブのジャージを着て試合を見守った。

育成組織P.S.T.C.LONDRINA(ロンドリーナ)で育った生え抜きの選手は、27歳という若さでピッチを去る。クラブからの契約更新の提示はなく、とはいえ他のクラブに行くつもりもない。まさに苦渋の決断だった。

「途中で、もう辞めたいと思ったことはなかったのでしょうか?」

試合後の取材エリアに現れた佐藤に話を聞くうちに、不躾だとわかっていても、思わずそう問いかける。すると佐藤はニコニコしながらこう答えた。

「『待ってるよ』と言ってくださるファン・サポーターに、もう一度プレーを見てもらいたい。その気持ちだけで頑張れました」

その言葉こそ佐藤玲惟。「ミスター・ベルマーレ」を継ぐ選手と言われていた彼の、人柄そのものだ。

取材・文=青木ひかる

このままじゃ終われない

2021年10月に行われた、リーグ戦の第10節のシュライカー大阪戦で負傷し、約半年の離脱から復帰し迎えた、2022-2023シーズン。

「開幕からチームの力になりたい」と意気込んだオフ明け最初の練習試合。勢いよくシュートを打った瞬間に、覚えのある鋭い痛みが右膝に走った。

「一回経験しているから、同じ怪我だというのはすぐにわかりました。シュートを打つのに曲げた足は、膝がロックして伸び切らなくなってしまったので、すぐに交代してピッチの外に出ました。治すには手術しかない。もう終わったなって、その瞬間は思いました」

診断結果は予想のとおり右膝半月板の怪我で、今度は損傷ではなく断裂と診断された。前十字靭帯も痛め、全治は約10カ月。前回よりも怪我の状況は悪化していた。

もう選手として、ピッチに戻ることはできないかもしれない──。

“現役引退”の4文字が一瞬だけ脳裏によぎったが、すぐに「このままじゃ終われない」という思いが湧き上がってきたと、佐藤は当時の気持ちを振り返る。

「これが例えば、1回目の怪我から2、3年空いて、その後の大怪我だったら、逆にもうここで終わろうと思えていたかもしれない。だけど、シーズン前に誰にも復帰した自分のプレーを見せられずにまた怪我をしてしまったので、これは続けても辞めてもどちらにせよ辛いだろうと。だったら、やり残したことのために頑張ろうと、気持ちを切り替えることができました」

クラブからのリリースに集まったあたたかいコメントにも背中を押され、佐藤は現役続行のためにもう一度歩き出すことを決めた。



残る痛みと、ジレンマとの戦い

全治3カ月だった前回よりも、長いリハビリ生活。怪我をした瞬間や手術で入院していた時期以上に佐藤を苦しめたのは、ある程度回復し、松葉杖なしで歩けるようになってからだった。

「退院してからしばらくは、フットサルどころか普段の生活もままならない状態でした。全く傷まないという日はほとんどなくて、ずっと違和感がある。調子が良くなってある程度負荷をかけて走れるようになったかと思えば、次の日に痛みで目が覚めたり……。本当に自分はボールが蹴れるようになるのか、不安しかなかったです」

予定どおり、2023年の3月にチームに復帰してからも、利き足ではない左足でのキックを磨き、ここぞの時だけ右足を使うようにした。一度の練習で思い切りシュートを打てるのはせいぜい2、3本だ。

練習後には、クラブのスポンサーである小田原ガス営業部の社員として勤務する日々。立ち仕事も多く、膝の痛みは競技以外にも影響を及ぼした。

「仕事中も膝は重いし、本当は練習後に自主練や筋トレをしたいけど、そこで無理にやっちゃうとチームの練習で100パーセントを出せない状態になってしまう。どれだけやっても大丈夫な膝であれば、いくらでも練習後にシュート練習もするし、筋トレとか走り込みとか、やりたいことはもっとあったけど、できなかった。試合に出るために本当はやれることがあるのになっていうのは最後までありました」

もっとやりたい、でもできない。試合に出たい、でも出れない。

ジレンマとの戦いながらも真摯に練習に励み、リーグ戦で3試合ベンチメンバーに登録されたものの、プレー時間は0分だった。

オフシーズンを前に伊久間洋輔監督から「他クラブでプレーするという選択肢もある」と提案された。それでも、「湘南でプレーすること以外考えられない」と断りを入れ、フットサル選手としての人生に終止符を打つことを決めた。



ファン・サポーターがー用意した、特別な“延長戦”へ

「この2年間、何のために練習してるんだろうって思う時もありました。でも、これだけ試合に出れなくても、家族とファン・サポーターの皆さんが期待して応援し続けてくれたおかげで、腐らずにその頑張ってこれました。怪我がない人生を歩みたかったけどやれることはやったし、本当に悔いはないです」

3月1日に行われた全日本選手権の準々決勝を終え、そう話す佐藤には、実は特別な“延長戦”の舞台が用意されている。

2016年以来約7年ぶりに開催が決定した、Fリーグオールスターゲーム。メンバーを決定するファン・サポーター投票で、佐藤は湘南代表として出場権を獲得した。

「本当にうれしいし、これもすごい運命だなって。今年たまたまオールスターが復活して、選ぶ方法もファン投票ということで、たくさんの方が僕に票を入れてくれました。ベルマーレファン以外の方も、『投票したよ!』と報告してくれて……。自分がこれまでやってきたことは、間違ってなかったんだと思うことができました」

話し始めた時には少し目元が潤んでいた佐藤だったが、最後は満面の笑みで3月19日に向けた思いを語る。

「フットサルのオールスターというと、テクニックを発揮する華麗なプレーが求められると思いますが、残念ながら僕はもともとそういうプレーヤーではありません(笑)。でも、自分らしいプレーを皆さんの前で見せられるように、もう体が壊れてもいいってくらい、万全に準備をしたいと思います」

ベルマーレを愛し、愛された佐藤は、これまでにないほど熱く激しく“湘南の情熱”の炎を燃やし、今度こそ正真正銘の“ラストゲーム”に臨む。



 

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