SAL

MENU

町田・甲斐修侍監督の愛情。クラブを再生させた育成力の秘密

PHOTO BY高橋学、北健一郎

立場や先輩・後輩は絶対とっぱらいたかった

──甲斐さんが育成年代で指導してトップに上がった選手を学年順に整理してみました。ちなみに、伊藤圭汰選手はアスピランチですよね?

1999年世代
髙橋裕大|2000年1月27日生まれ

2001年世代
毛利元亮|2001年4月12日生まれ
甲斐綾人|2001年7月20日生まれ
倉科亮佑|2001年10月13日生まれ
雲切啓太|2002年1月26日生まれ

2002年世代
山中翔斗|2002年7月30日生まれ
石井遥斗|2002年12月21日生まれ

2003年世代
中村心之介|2003年10月14日生まれ

2004年世代
原田快|2004年7月1日生まれ

甲斐 圭汰は俺が育成を見始めた時にはもうアスピランチにいて、元亮たちが中学3年の3月に初めてアスピと試合をしたら、ボコボコに負けて。4月にユースが立ち上がって、高校3年生は2人、2年生は5人くらいで、元亮たち1年生がメインのチームになった。その4月にアスピとやったらまた2-7くらいで負けて。それで「お前らこのアスピに年内中に勝つから」って彼らのマインドに働きかけた。

──当時のアスピランチは岡山孝介監督がトップと兼任で、伊藤や中村充(立川アスレティックFC)らがいました。そのシーズンに関東2部で優勝して、全日本選手権の全国大会にも出場して、相当強かったですよね。

甲斐 そうそう、だからなんの根拠もなかったんだけど「年内に絶対勝つから」って。

──それでどうなったんですか?

甲斐 10月に勝った。

──おお!

甲斐 でも、めっちゃヘタで(笑)。うまくはなかったんだけど、勝負に対してなにが必要で、どうやったら勝てるかを徹底して、アスピのプレースタイルを踏まえて、いろいろな修正を重ねてね。

──それこそ、今シーズンの名古屋対町田に通じるものがありますね。

甲斐 アスピに勝つためにやった流れはそういう感覚が近いよね。昨シーズンからスタートした今のトップチームも、決してスーパーなタレントがいるわけではないし、戦術の構築も特別ではないと思う。けれど「勝負のところで絶対、簡単に負けない」という優先順位は踏めているんじゃないかな。

──甲斐さんがユースから見てきた選手たちは今、Fリーグを飛び越えて世界の舞台で勝負しています。日本代表のラージリストに入っている割合もすごく高いと思うんです。これは、元の素材がスーパーだったのか、それとも甲斐さんが魔法をかけたからなのか? 

甲斐 いやいや、もうそれは。例えば、元亮は中3で入ってきた時から、得点に対しての貪欲さ、シュートを打とうとするエゴイズムが尋常じゃなかった。だから逆に、フットサルを必要以上に教えたくなかった。そのプレースタイルというか、ゴールに向かう姿勢をフットサルの定義で削らせるのは絶対に良くないと思って、ピヴォとしての動き方とかリズムとか、最初は全然言わなかった。

──毛利は甲斐チルドレンの出世頭ですよね。2020-2021シーズンにFリーグ新人賞、2021年はリトアニアでのワールドカップにも出場して、現在はスペインで2シーズン目を迎えています。

甲斐 だから魔法もへったくれもなくて、元亮のゴールに対する執着心の強さというのは、もともとケタ外れだったから。入ってきてすぐ、特に稜人とはバチバチだった。

──監督の実子とバチバチ、なかなかできないと思いますが。

甲斐 いやいや。元亮に限らず、みんな全然そんなの気にしてない。コートに一歩入ったらそんなの関係ないから。立場とか先輩・後輩なんて、スポーツにとって、アスリートにとってマイナス以外の何物でもないから、絶対にとっぱらいたかった。だからウチでは「〇〇先輩、〇〇さん」は一切ない。

──逆にコートを出たら年功序列ですか?

甲斐 いや、それもまた違うかな。先輩と呼べるだけの人だったら呼んだらいいし。例えば、コートを出て嫌なやつだったら、プライベートで付き合おうと思わないよね、と。本当にいい付き合いができる関係性は上下関係で成り立つんじゃなくて、一人ひとりのパーソナリティで成り立つということは常々言ってきたかな。



選手が自立して、自分たちで修正できるチームが理想

──U-18はチームとしても結果を残してきました。全日本U-18選手権では、2019年、2022年に日本一で、2023年は準優勝でした。2021年は大会自体がコロナで中止でしたが、冬のU-18リーグチャンピオンズカップは優勝。トップもそうですが、結果を出し続けている秘密は監督にあるのでは?

甲斐 いやいや、そんな。指導者として長い間、一生懸命やっている人とか、本当にたくさん勉強をしていろいろな知識を持っている人と比べたら、俺なんて全然まだまだ。

──甲斐さんに「まだまだ」と言えるフットサルの指導者はいないと思いますけど。

甲斐 いや、めちゃくちゃすごいよ。岡ちゃん(岡山孝介)もそうだし、鳥丸くん(太作/Y.S.C.C.横浜)もそうだろうし、もちろん木暮(賢一郎/日本代表)も、(高橋)健介(日本代表コーチ)も。指導者としての知識やスキルは、俺なんかに比べたら圧倒的に持っていると思う。

──それは、フットサルに関するということですか?

甲斐 そうそう。フットサルの指導者としての知識とかは、俺なんか全然大したことない。自分がカスカヴェウやペスカドーラ、ブラジルに行ってやってきたものや見てきた映像のなかで考えるイメージはあるけど。

──では逆に、そういう知識を持っている指導者に対して、甲斐さんの強みとは?

甲斐 どうだろうね。さっき話した、目の前の試合で対戦相手に勝つための方法論とか、勝つための過ごし方は、自分なりに考えて選手たちに伝えて、今できることを一生懸命やっているけど、なにかを構築してやっているかといったら本当に手探りだからね……。

──それでも、大きな成果を挙げているように思います。

甲斐 今は首位争いをしているけど、選手たちには「自分たちがすごいと過信はするな」と「俺たちはまだまだだし、ハードワークして、忍耐強く戦って、全員でカバーし合って、どうにか勝ち取った勝利だから」と言っている。でもそれは、例えば名古屋のような、すべてを兼ね備えたタレントが集まっているチームではないというのを、みんないい意味で、謙遜とかじゃなく理解して、ハードワークができている。それが結果につながっていると思う。だから、複雑なゲームモデルやシステムをやっているわけではないかな。

──細かい決まり事でしばるのでなく、自由度が高いですか?

甲斐 例えば、ディフェンスのシステムはこういう考え方だからここだけは必ずこうプレーしてほしいとか。攻撃も理想のイメージは伝えるけど、戦術的な定義づけをあまりしないし、ジョガーダも試合では番号づけしない。ただ、こういう局面で、このプレーはミスになってないけど、このリズムでやったほうが円滑だとか、ジオヴァンニを上げた時にどういう配置でフィニッシュまでいくかとか、最低限のことは伝えるけどね。

──采配についてはどうですか? 第10節の名古屋戦はジオヴァンニが攻撃参加する場面が多かったですが、一方で、それが少ない試合もあります。

甲斐 ジオヴァンニの攻撃参加は、「行け!」と言って行かせているわけでも、「行くな!」と言って止まらせているわけでもなく、基本的には自由にやらせている。名古屋はプレス強度やディフェンスの気の利かせ方が抜きん出ているから、ボールラインを上げる時に自然とジオヴァンニを使いたくなる。選手たちが局面を見て判断をしているし、そういう選択肢を持てる選手が増えてきた。

──それも甲斐さんが植えつけたことなのでは?

甲斐 植えつけたかどうかは分からないけど、選手は自分で考えてプレーするものだし、自分がプレーしていた時も、例えば「寄せろ」とか「今あそこに出せ」と言われるのは嫌だったから。いろんな監督がいてそれぞれ考え方があると思うけど、そういう指示をインプレー中にするのは俺は好まないかな。

──それは試合前に終えておくべきことであると。

甲斐 極端なことを言ったら、それが理想かなと思う。もちろん、うまくいくために声掛けすることはあっても、常に監督である自分が主導権を握ってワーワー言うのは好きじゃないかな。やっぱり選手が自立していて、自分たちで気づいて、自分たちで修正できるチームが理想だと思うから、監督である俺は、試合中はあまり起伏がない状態でいるのが一番いいんじゃないかな。

──だから甲斐さんはベンチでとても冷静に見えるんですね。選手の自主性の幅はかなり広そうですね。

甲斐 例えば、セットプレーも。もちろんセットプレーには番号をつけているけど、それぞれの肉付けは「どんどんやっていい」と伝えている。同じセットの4人でやるなかで「俺はこのタイミングでこうしてほしい」というのが絶対あるし、「この選択肢を1個増やしたらもっと良くなるんじゃないかな」とかは、やっていい。各セット間でプラスアルファを増やしていくのは大歓迎。創造性というか、クリエイティビティはあっていいんじゃないかな。

──ある形を発展させるクリエイティビティは、ということですよね。

甲斐 逆に「3番はこうだから、絶対ここに立って、こう動いて、必ずこの順番でパスを出す」というのは好きじゃない。というか、たぶんそれって伝家の宝刀にならない。状況判断が絶対に遅れるから。

──選手兼監督だったカスカヴェウ時代も話し合いながらブラッシュアップしていたんですか?

甲斐 一応、定義を作るけどね。イチとヨシとキヨシと俺でやっていた時は、ジョガーダを決めてやったことより、アドリブでやってうまくいったことのほうが多いんじゃないかな。

逆に金山友紀、稲田祐介、三輪修也とか新しい選手が入ってきた時は、ジョガーダを浸透させて、そのプラスアルファをやっていたかな。昔のことだからわかんないけど、俺のなかでは、ディスカッションしていったものって、けっこう精度が出ていたと思うんだよね。そうやって成熟度が増していけばいくほど、分かっていても止められないものになるんじゃないかなと思う。

【次ページ】5年前に危機感を覚えて、中長期プランの企画書を作成

▼ 関連リンク ▼

  • AFCフットサルアジアカップ2024予選|大会概要・試合日程&結果一覧
  • Fリーグ2023-2024 試合&放送日程

▼ 関連記事 ▼